罰金をつくったら、遅刻が増えた|ルールは行動の意味を変えるのか
罰金をつくったら、遅刻が増えた|ルールは行動の意味を変えるのか
子どもの迎えに遅れれば、先生を待たせてしまう。分かっていても、遅れてしまう保護者がいる。
では、遅刻した人から罰金を取れば、遅刻は減るのでしょうか。
イスラエルの保育施設で行われた研究では、予想とは反対のことが起きました。罰金を導入した施設で、迎えに遅れる保護者が増えたのです。
遅刻を減らすためにつくった決まり
研究の対象になったのは、10か所の保育施設でした。そのうち6か所で、迎えが10分以上遅れた場合に罰金を払う決まりを設け、残る4か所では設けませんでした。
もともと、迎えが遅れれば先生が閉園後も子どもと一緒に待つ必要がありました。遅刻を減らそうとして罰金を設けるのは、自然な発想にも思えます。
ところが、罰金を設けた施設では、遅刻する保護者が増えました。さらに研究期間中に罰金を撤廃しても、遅刻は導入前の水準には戻りませんでした。Gneezy・Rustichini「A Fine is a Price」(2000年)
なぜ、こんなことが起きたのでしょう。
罰金が伝えてしまったかもしれないこと
研究者たちは、罰金によって、保護者が遅刻をどう捉えるかが変わった可能性を考えています。
それまでは、「先生を待たせて申し訳ない」と感じていた人もいたでしょう。そこに金額が示されると、「遅れた場合は、この金額を払えばよい」と受け取る人が出てくるかもしれません。
もちろん、保護者一人ひとりが実際にそう考えたと、研究から断定できるわけではありません。また、この結果だけで「罰金を設ければ必ず遅刻が増える」とも言えません。
それでも、この出来事は気になります。
遅刻を防ぐためにつくった決まりが、遅刻の意味を変えてしまった可能性があるからです。罰金を撤廃しても遅刻がすぐには減らなかったことを考えると、一度変わった受け止め方は、決まりをなくすだけでは元に戻らないのかもしれません。
決まりの向こうにいる人を思い浮かべる
私たちは、ときどき「決まりを守ったかどうか」だけで、自分の行動を判断します。
けれど、その決まりは、誰のためにあるのでしょう。
この研究なら、閉園後に待つ先生がいて、迎えを待つ子どもがいます。保護者にも、時間どおりに来られなかった事情があるでしょう。それぞれの人の姿が見えなくなり、罰金を払ったかどうかだけが残るとしたら、決まりは本来守りたかったものから離れてしまうかもしれません。
だからといって、決まりをなくせばよいとも思いません。「申し訳ないと思うはず」という気持ちだけに頼れば、待つ人の負担が続いてしまうこともあります。
必要な決まりを設けながら、その理由も伝える。事情を聞き、負担を確かめ、必要なら決まりそのものを見直す。そうした対話まで含めて、考える必要があるのだと思います。
お寺にも、さまざまな決まりや作法があります。私自身、「昔からそうしているから」というだけで済ませず、何を大切にするための形なのか、問い続けていたいです。
決まりがあるときも、その向こうにいる人を思い浮かべられるか。
保育施設での研究は、お寺で人と関わるときにも、そんな問いを残してくれます。
記事を書いた人
加藤大宗
神奈川県厚木市・蓬莱山長谷寺 僧侶。永平寺東京別院で修行を積み、慶應義塾大学を卒業後、葬儀・法事・供養などの仏事に携わる。 その経験を活かし、仏教や供養に関する知識を分かりやすくお伝えする記事を執筆しています。
