読みもの一覧へ

keyboard_arrow_right

中毒と執着の違い

中毒と執着の違い

中毒で楽しんでいる。執着で苦しんでいる。

新緑の季節になりました。 連休も明けて、少し疲れが出ている頃でしょうか。

「執着を手放しましょう」 仏教の本やSNSで、よく見かける言葉です。 でも住職は、こんなふうに言います。

「楽しいことは、執着とは言わないんですよ」

スマホをつい見てしまう。 好きな漫画を夢中で読んでしまう。 誰かのために時間を使ってしまう。

これは執着じゃなくて、ただ楽しんでいるだけ。 あるいは、中毒。執着とは別ものなんです。

では、執着とは何か。

住職の言葉を借りればこうです。 「こうならなければならない、と思って、辛いのにすき進んでいる状態」

楽しくないのに、やめられない。 苦しいのに、握りしめている。 そういう状態のことを、執着と呼ぶ。

ご飯を食べるのが楽しい人にとって、食事は執着ではありません。 仕事が楽しくて夢中になっている人にとって、仕事も執着ではありません。 手塚治虫さんは、漫画を描きたくて病院から机に戻ろうとした人でした。 それは執着ではなく、ただ楽しかったから。

執着しているかどうかを見分ける問い

悩みのイラスト

「やめてもいいよ」と言われたとき、 ホッとするか、苦しくなるか。

ホッとするなら、それは執着かもしれません。 やめてもいいのに、やめられない。 楽しくないのに、続けてしまっている。

逆に、「いやいや、これは楽しいから続けるよ」と笑えるなら、 それは執着じゃありません。 ただ、好きなだけです。


何を握りしめてますか?

握りしめるのは、悩みか、楽しさか

五月は、新しい環境が少し馴染んできて、 「あれ、これ本当にやりたかったんだっけ?」 と、ふと立ち止まる季節でもあります。

今、握りしめているものを、 ちょっとだけ手のひらの上に乗せ直してみる。

楽しい? 辛い? やめてもいい?

そんなふうに眺めてみるだけで、 力が抜ける瞬間があるかもしれません。

楽しいことは、続けていい。 楽しくないことは、やめてもいい。

合掌

蓬莱山長谷寺

 記事を書いた人

加藤大宗

神奈川県厚木市・蓬莱山長谷寺 僧侶。永平寺東京別院で修行を積み、慶應義塾大学を卒業後、葬儀・法事・供養などの仏事に携わる。 現在は慶應義塾大学大学院にて産業心理学の勉強中。仏教や供養に関する知識を分かりやすくお伝えする記事を執筆しています。